【すべてのゲストにハピネスを提供する】
この「ゴール」を達成するために、4つの鍵を守りましょう――。
という説明を私がトレーナーさんから受けたのは、もうムニャムニャ年も前のことになるんだなぁ……。
あれから時は流れ、ディズニーランドのほかにもいくつかのサービス業を経験したのち、企業さん向けにサービス研修をさせていただくコンサルタントとなりましたが、いまでも「4つの鍵」は、私にサービスパーソンとしての初心を思い出させてくれます。
その「4つの鍵」とはなにか。
ディズニーランドをテーマにしたビジネス書をたくさん読んでいらっしゃる方なら、ご存じかもしれません。でもこれは「ゴール」を語るうえではずせないお話なので、もしご存じでも、ここで一緒に初心に帰りましょう。
すべてのゲストにハピネスを提供するために大切な「4つの鍵」、それは、
①安全性
②礼儀正しさ
③ショー
④効率
です。この4つはどれも大切ですが、そのなかでも守られるべき「大切な順」があり、①~④の順番は、その「大切な順」になっています。
つまり、「安全性」がいちばん大切で、「礼儀正しさ」のほうが「ショー」より大切、「ショー」のほうが「効率」より大切、ってことです。
なぜ、この順番なのでしょうか。それぞれの「鍵」が指す意味を見ながら、理由を考えてみましょう。
まず「安全性」。これは言葉のままですね。安全に遊べることの大切さを指しています。
次に「礼儀正しさ」。これは、キャストの身だしなみはもちろんのこと、言葉遣いや立ち居振る舞いも含めて指しています。サービスパーソンたるもの、お客様に礼儀正しく接することが大切なのは、たしかに当たり前です。
そして「ショー」。これは、たとえばミッキーなどのキャラクターたちが繰り広げるショーだけを指しているわけではありません。むしろ前章でお話しした、「バックグラウンドストーリーにのっとってキャストが演じること」を主に指しています。キャストは「演じる」ことが仕事ですから、ショーはキャストにとって欠かせない、大切な鍵です。
最後に「効率」。これは作業効率のことです。効率よく作業をして、100分あったアトラクションの待ち時間が90分になったら、お客様はハッピーですよね。
ここで「ん?」と思ったアナタ! その感覚は大正解。
「安全性」があるのに「効率」って、ちょっと違和感を覚えますよね。
たとえばスペース・マウンテンとかでキャストに、
「待ち時間が長くなってきたので、より『効率』的に乗っていただくため、稼働しているジェットコースターの数を、通常は2台ですが、普段の3倍の6台に増やしました。これでどんどん乗れますよ」
とかいわれたら、私だったら「それって安全なの? 衝突事故起きない?」って心配になります。「少しぐらい待ってもいいから、それより事故が起きないように気をつけてよ」って思います。アナタもそうじゃないでしょうか。だから「安全性」のほうが、「効率」よりも「守られるべき順」が上なのです。
それに、キャストがどれだけ美しい身だしなみと言葉遣いを駆使して礼儀正しくお客様に接しても、事故があったら、楽しい気持ちなど飛んでしまいます。
どんなにステキなショーを見せられても、効率よくパークを回れたとしても、お客様が怪我をするようなことがあれば、ハピネスは一瞬でなくなってしまいます。
だから、「礼儀正しさ」よりも「ショー」よりも、いちばん大切にすべきは「安全性」なんです。
ほかにも例をあげてみましょう。
たとえば、お客様がジュースを床にこぼしてしまったとします。すると、それに気がついたキャストがすっ飛んできて、「お洋服は汚れませんでしたか? こちらで拭きますので、そのままにしておいてくださいね!」と声をかける。ここまでは、だいたいどこのサービス施設でも見かける光景ですね。
しかしこのあと、キャストは驚きの行動に出ます。
当然こぼれたジュースを拭き取るわけですが、どうやって拭くと思います? そうですよね、紙ナプキンかなにかを持ってきて、手でササーッと拭くと思いますよね、普通。
ところがディズニーランドのキャストは、手では拭きません。紙ナプキンをジュースのこぼれたところに数枚置き、足で拭くんです。もしかしたらこの光景、実際にパークで見たことがあるかもしれません。
「足で拭くとは、なんてズボラな!」と思いましたか? でも、これも「安全性」を第一に考えた結果なんです。
床にこぼれたジュースを手で拭くには、その場所にしゃがまなければなりませんよね。もしもキャストがしゃがんで拭き取り作業をしているところへ、小さな子供が前を見ず、うしろからゆっくり歩いて来るお父さんお母さんのほうを見たまま走ってきたら、しゃがんでいるキャストに気づかず衝突し、転んでケガをしてしまうかもしれません。
だから、なんです。きちんと膝をついて丁寧に拭き取る「礼儀正しさ」より、まわりの状況を見ながら作業をする「安全性」を優先して、立ったまま足で拭くんですね。ちなみに、どうしてもしゃがんで作業をしなければならない場合には、必ず2人以上のキャストで作業し、1人は見張り役になります。ここまで徹底して「安全性」が守られています。
あるいは、悪天候で花火が中止になってしまった場合。
明らかに雨が降っていたり強風ならば、まだあきらめもつくのかもしれませんが、地上はほとんど無風なのに、花火があがる上空の気流は乱れていることがあります。何か月もお金を貯めて、やっと来れたディズニーランドで思いっきり遊び、最後に花火を見るのをなによりも楽しみにしていたのに、地上では実感できない強風で花火が中止と知らされたお客様から、
「なんでだよ! このくらいなら平気だろう!!」
といわれると、本当に胸が痛みます。
ですが、もし気流が安定しないのに花火をあげようものなら、その火の粉がどこへ飛んでいってしまうか予想がつきません。私が聞いた話では、強風のなかで花火をあげると、ディズニーランドの中だけでなく、近隣にまで影響を及ぼすそうです。目の前のお客様に喜んでいただきたいと、「安全性」をやぶってまで「ショー」を行なうことは、結果として多くの人を悲しませることになるのです。
「安全性」がいちばん上にきている理由、伝わりましたかね?
ほかの「鍵」も、それぞれの「鍵」どうしをくらべてみると、「大切な順」がこうなっている理由がわかります。
ディズニーランドには、キャストがお客様の前でお話をして世界観に入り込んでいただくアトラクションがあります。このとき、ワイルドな世界観を持ったアトラクションだからと、雰囲気を盛り上げるためにキャストが乱暴な口調で「おい、テメーラ! こっちよく見とけよ!!」とお客様に話しかけたらどうでしょうか。笑ってくださる方もいるかもしれませんが、たとえショーの内容とは合っていても「なんだ、その言い方は!」と不愉快な気分になる方だって当然います。すべてのお客様にハピネスを提供するはずのディズニーランドで不愉快にさせてはいけませんよね。
だから「ショー」よりも「礼儀正しさ」が大切なんです。「礼儀正しさ」ありきの「ショー」でないと、ディズニーランドの「ショー」とはいえません。
そして「ショー」よりも「効率」を優先したら、それはもはやお客様のためではなくなってしまいます。たとえばクリーニングのときに効率的だからと、キャストのコスチュームがみんなおなじトレーナーとかだったらどうでしょう。コスチュームもキャストが行なう「ショー」の大切な要素のひとつなのに、全員トレーナーなんて! そんなディズニーランド、ぜんぜん「夢と魔法の王国」じゃありません。
お客様がよりたくさん「ショー」を楽しめるようにと「効率」を追求することは重要だけど、「効率」が優先されて「ショー」のクオリティが落ちるようでは本末転倒なんです。
こうして「安全性」「礼儀正しさ」「ショー」「効率」という「大切な順」が決まったんですね。
なによりも「安全性」を第一に考え、お客様に礼儀正しく接しながら、ディズニーらしいショーを演じる。そのうえで出せる最大の効率を意識する――。これを徹底することで「すべてのゲストにハピネスを提供する」というゴールを実現できるんだ、というのがディズニーランドの考え方です。
でもこれって、ディズニーランドのキャストだけが守ればいいことでしょうか?
お客様に楽しんでもらったり笑顔になってもらいたいのに、安全じゃないお店なんて、ありえないですよね。
たとえば、すごく感じのいいレストランで、スタッフもイキイキ楽しそうに働いているし、注文した料理もすぐに提供されるけど、「実は最近、食中毒10件出しちゃってます!」では、お客様が来るわけありません。ちょっとたとえが極端だったかもしれませんが、突き詰めればそういうことです。
レストランのほかにも、身近なお店に当てはめて考えてみましょう。きっと、どんなお店でも「4つの鍵」は「大切なこと」として当てはまるし、その「大切な順」もディズニーランドとおなじであるべきだということがわかるでしょう。
つまり、この「4つの鍵」はディズニーランドだけでなく、レストランでも小売店でもその他のレジャー施設でも、どんなお店にもいえることなんですよ。どんなお店にも当てはまることだから、もっとも根源的で普遍的な「当たり前」のことなんです。
ということは、アナタも心にディズニーランドをつくり、この「4つの鍵」を守ることで、アナタのお店でハピネスを提供することができるってことです。
ディズニーランドは、この「当たり前」を徹底してキャストが守ることで、お客様にハピネスを提供し続けています。
キャスト自身も、そこが目指すべき「ゴール」であることを知っていますし、「4つの鍵」を守り続けることで「ゴール」に着けることも知っています。明確な「ゴール」を持っているので、やる気パワーを発揮することができますし、困ったときは「ゴール」に至るための「4つの鍵」を思い出して判断基準にすることもできるのです。
+2026年の補足
この本を書いたときは「4つの鍵」でしたが、2021年に5つめの鍵「インクルージョン」が加わりました。多様な一人ひとりを受け入れ、大切にする、という鍵です。新しい鍵は末尾ではなく、他の4つの真ん中に置かれているんですよ。SCSEが生まれてから初めての大きな進化です。目指す「ゴール」は変わらなくても、そこへ向かう道具は時代とともに磨かれていく。皆さんの職場の「鍵」も、ときどき見直してみたいですね。
川崎真衣