作り笑いが、うまくなった気がする。
お客様の前では、ちゃんと口角が上がる。
後輩の前でも、数字に追われている日でも、顔が先に仕事をしてくれる。
シフトも売場も、ちゃんと回っている。
回っているのに。
帰りの電車で、窓に映った自分の顔を見て、ふと思う。
「うまくなったのは笑顔じゃなくて、作り笑いのほうかもしれない」
そんな夜に、思い出してほしい窓があります。
カリフォルニアのディズニーランド。
入ってすぐのメインストリートには、二階に古い事務所ふうの窓が並んでいます。
そのひとつが、「キャスティング・エージェンシー」。
日本語にすれば、配役の事務所。
窓には、小さくこう刻まれています。
It takes people.
素晴らしい場所を夢見て、設計して、建てることはできる。
けれど、夢を現実にするのは、人。
創業者ウォルト・ディズニーの言葉として、いまもパークの窓に掲げられている一文です。
ほとんどのゲストは、気づかずにその下を通ります。
夢の国の入口で、いちばん最初に「人」の話をしている窓なのに。
ディズニーランドが、働く人を「スタッフ」ではなく「キャスト」と呼ぶのは、飾りではありません。
持ち場のひとつひとつに物語があって、キャストはその配役を受け取った人。
物語を知っているから、そこから「意味のある笑顔」が生まれます。
(このあたりの話は、キャストと呼ぶ理由に詳しく書かれています)
笑顔は、顔でつくるものじゃなくて。
理由から、生まれるもの。
では、なぜキャストの笑顔は、作り笑いに見えないのか。
答えは、意外と身も蓋もありません。
キャストは、笑顔を「作って」いないからです。
笑う理由を、先に渡されているから。
配役には、持ち場の物語がついてくる。
迷ったときに戻れる行動規準もあります(東京ディズニーリゾートでは「The Five Keys」、5つの鍵と呼ばれています)。
新人をひとりにしない、先輩キャストが育てるトレーナーの仕組みもある。
つまりあの笑顔は、感情を偽る訓練の成果ではなくて、「意味を渡す仕組み」が生んだ結果です。
裏返せば、作り笑いがつらいのは、あなたの心が弱いからではありません。
意味を渡されないまま、表情だけを求められているから。
気持ちと表情がバラバラなまま笑い続けることが、いちばん人をすり減らすんです。
だから、あなたがひとつだけ、明日の自分にできるとしたら。
笑顔の練習ではなく、自分の持ち場の「理由」をひとつ、言葉にしてみることです。
たとえば、「ここは、お客様が今日はじめて『いらっしゃいませ』を聞く場所」。
それから、もうひとつ。
思い出してほしいのは、あなたの笑顔に最初にあった「理由」のほうです。
初めてお客様に「ありがとう」と言われた日。
自分の接客で、目の前の人の表情がほどけた瞬間。
この仕事を選んだ日の、自分。
あの理由は、消えていません。
毎日をちゃんと回すことに一生懸命で、忙しさの下に置いてあるだけ。
それに。
「作り笑いかも」と気づけるのは、本物の笑顔を知っている人だけです。
夢の国でさえ、あの場所を本物にしているのは、窓の言葉のとおり「人」でした。
あなたの売場を本物にしているのが誰なのかも、きっと、同じです。
明日、口角を上げる前に、一秒だけ。
顔は同じでも、中身が変わります。
そして今夜、帰りの電車の窓に、また自分の顔が映ったら。
その窓に、もうひとつの窓を重ねてみてください。
夢の国の入口で、いちばん最初に「人」の話をしていた、あの小さな窓を。