待ち時間に読む、東京ディズニーリゾート物語ガイド

タートル・トークの物語:明治45年、東京から来た三人の親善大使

タートル・トークへ、ようこそ。ここから乗り場までは少し長いですが、その時間もちゃんと楽しんでいただけるように、ご案内しますね。

この列は、S.S.コロンビア号という船の中を通っています。船の中のミュージアムです。壁に、額がずらりと掛かっていますね。ほとんどは英語ですが、ひとつだけ、日本語の額があるんです。今日はそれを探しながら、壁の額を一緒に読んでいきます。読みながら、ゆっくり進みましょう。それでは、出発です!

入口の看板

TODAY'S SPECIAL PRESENTATION TURTLE TALK と書かれた吊り札。いちばん下に PRESENTED BY 講談社

入口の看板に、こう書いてありました。通り過ぎた方は、思い出しながら。「S.S. COLUMBIA UNDERSEA OBSERVATORY」、S.S.コロンビア号・海底展望室。その下に「TODAY'S SPECIAL PRESENTATION TURTLE TALK」、本日の特別上演、タートル・トーク。そしていちばん下に、「PRESENTED BY 講談社」。

この「講談社」の三文字、覚えておいてくださいね。あとでもう一度、出てきます。

ここはアメリカンウォーターフロントの、ニューヨークの港。時代は、20世紀のはじめです。港に停泊している豪華客船がS.S.コロンビア号で、私たちはいま、その船の中にいるんです。これから向かうのは、船のいちばん後ろ、船尾にある海底展望室。ウミガメのクラッシュが、人間のことをもっと知ろうとやって来る部屋です。

船の断面図

S.S.コロンビア号を横から切った大きな断面図の額

列のどこかに、船を横から切った大きな絵があります。「A GLIMPSE INSIDE S.S. COLUMBIA」、S.S.コロンビア号の中をのぞく。船のいちばん後ろ、水面より下を見てください。スクリューと舵のすぐ上に、小さな部屋があります。「UNDERSEA OBSERVATORY」。窓の外には、ウミガメ。見えますか?

私たちがこれから入るのは、この部屋です。船の後ろの、水の下なんですね。

ハイドロフォンの壁

ハイドロフォンの発明を伝える額が並ぶ壁。真ん中にアオウミガメの写真の額

額の中に、何度も出てくる言葉があります。「HYDROPHONE」、ハイドロフォン。この船の物語の中で、海の生き物と会話ができるという、世紀の発明品です。発明したのは、研究所の人たち。

この壁の額には、年号が書いてあります。1909年、特許の出願と、最初の実験。「人間と海の生き物のあいだの会話」の発明です。実験は、はじめはうまくいきませんでした。理由が、ちゃんと書いてあるんです。「魚は、水槽の中では話したがらなかった」。それで、外の海で使えるように作り直したんだそうです。翌1910年、潜水服を着ての実験で大成功!そして、こう続きます。「カメのように、とてもおしゃべりな生き物もいる」。

同じ壁に、アオウミガメの写真の額があります。名前は、クラッシュ。「とびきりおしゃべりなやつ」で、「船がニューヨーク港の岸壁にいるときはいつでも、S.S.コロンビア号の新しい海底展望室に遊びに来る」と書いてあります。

進水の新聞

S.S.コロンビア号の進水を伝える新聞 The New York Gazetteer の額と、船の写真の額

新聞の額もあります。「The New York Gazetteer」、1911年。S.S.コロンビア号の進水式に、およそ10万人が集まった、という記事です。ところが本文を読むと……「S.S.コロンビア号は、まだ完成していない」。煙突も、エンジンも、スクリューも、これから据え付けるんだそうです。初航海は「1912年3月20日、イギリスのリバプールへ」。

窓の記事

海底展望室の窓のガラスを伝える 1912年3月の記事の額

もう一枚だけ、年号つきの額を。「THE ENDICOTT INDUSTRIES REPORTER」、1912年3月。海底展望室の窓のガラスができた、という記事です。大西洋の冷たい水を押し返す、いちばん強いガラス。そして、船がニューヨーク港に停泊しているあいだ、海底展望室では「タートル・トーク」というプログラムを行う、と書いてあります。

私が見つけた額の中で、いちばん新しい年号が、この1912年3月です。初航海は、同じ3月の20日。つまりこの船は……まだ出航していないんです。公式のブログも、「大西洋横断の航海に向けて準備の真っ最中」と書いています。

クラッシュが遊びに来るのは、船が港にいるあいだ。さっきの額に、そう書いてありましたね。私たちが会えるのは、この船がまだここにいるあいだ、なんですね。

東京友好新聞

日本語の額「東京友好新聞」。見出しは「親善大使海を超へてニューヨーク市へ」

さて、日本語の額です。見つかりましたか?まだでも大丈夫、写真を見ながら読んでくださいね。

「東京友好新聞」。日付は、明治四十五年一月十七日。西暦でいうと1912年の1月、初航海の2か月前です。

見出しは「親善大使海を超へてニューヨーク市へ」。東京市に、S.S.コロンビア号の初航海への招待状が届いた。それで東京市は、造船技術にくわしい市民を三名、親善大使としてニューヨークへ送った。そういう記事です。題名の三人は、この三人。船にくわしい、東京の市民です。名前は書いてありません。さらっと、すごいことも書いてあります。「S.S.コロンビア號の建設に関しては日本も技術面で協力しており」。……この船づくりに、日本も加わっているんです!お返しに、ニューヨークの有名な造船技師が近く東京を訪ねる予定、とも。

もうひとつの見出しが、「海中展望室で海亀と話す親善大使」。窓の前に並ぶ人たちと、その向こうのウミガメの写真つきです。英語の額ばかりのこの船の物語で、日本人は見物客ではなくて、登場人物なんですね。

紙面の隅も見てください。広告があります。

東京友好新聞の紙面の下半分。「海中展望室で海亀と話す親善大使」の見出しと、講談社の広告「おもしろくて、ためになる」

「講談社」。S.S.コロンビア号の大西洋横断五日間の旅を綴った航海記録を、今夏発売予定、とあります。まだ出航していない船の航海記録が、もう予告されている。気の早い出版社ですね。そして斜めに大きく、「おもしろくて、ためになる」。

入口の看板の「講談社」は、ここにつながります。講談社は本当にある出版社で、「講談社」の名前になったのが1911年。この新聞の1912年に広告を出していても、おかしくない年なんです。「おもしろくて、ためになる」は、講談社がいまも掲げている言葉。船の外ではタートル・トークのスポンサー、船の物語の中では1912年の東京の新聞の広告主。看板の三文字は、広告でもあり、物語の一部でもあったんですね!

海底展望室へ

この先は、約30分。海底展望室で、クラッシュとお話しする時間です。ここから先は、ぜひご自身で体験してくださいね。

ひとつだけ、見終わったあとのお話を。船を出たら、入口の看板を、もう一度見上げてみてください。「PRESENTED BY 講談社」。来たときはスポンサーの名前だったこの三文字が、1912年の東京の新聞の続きに見えてきます。

それでは、みなさまどうぞ、よいおしゃべりを。


出典: この記事の事実は、以下で確認しています(2026年10月13日閲覧)。
・東京ディズニーリゾート公式サイト アトラクションページ「タートル・トーク」 https://www.tokyodisneyresort.jp/tds/attraction/detail/246/
・東京ディズニーリゾート公式ブログ「10年前の今日は・・・」(2019年10月1日) https://www.tokyodisneyresort.jp/tdrblog/detail/191001/
・東京ディズニーリゾート公式ブログ(2021年12月20日) https://www.tokyodisneyresort.jp/tdrblog/detail/211220/
・東京ディズニーリゾート公式ブログ(2019年5月23日) https://www.tokyodisneyresort.jp/tdrblog/detail/190523/
・株式会社講談社 沿革 https://www.kodansha.com/jp/history/
・入口の看板・船の断面図・ハイドロフォンの壁・進水の新聞・窓の記事・東京友好新聞は、パークで撮影した写真で実物と文字を確認

注記: 本記事は非公式のファンコンテンツです。ウォルト・ディズニー・カンパニーおよび株式会社オリエンタルランドとは一切関係ありません。